天の神様にも内緒の 笹の葉陰で


     3



その風貌は どう見たって異国のお人で、
それにしては そうそう弾けてもおらず。
むしろ物腰も穏やかで礼儀正しく、
人の善さげな一般人という風情のお二方なのだが。

 出会いの場での会話が会話だったことから
 すっかり敬服して始まったお付き合いでもあって

そも、素っ堅気の人ならば、
こうもいちいち声を掛けたりはしない。
そこはこっちだって けじめもわきまえており、
お互いのためにならぬということくらいは判っているし。

  ……ただ、

多くは語らぬながら、その言動挙動の端々に、
ただならぬお立場らしいこと、匂わせるお二人ゆえ。
直接、同じ修羅場に居合わせた仲じゃあないながら、
信頼するに足るお人だと、何故だか思えてやまない安堵もあってか、
親しみを持ってのお付き合いが
ついつい深まっているというところかと。



微妙に組の人間ではないのだが、
深い話も飛び交う飲み会はともかく、
食事くらいは一緒してもと思ったものの、

 『いえ、もう十分御馳走していただきましたし。』
 『親しい皆さんの積もるお話にまで混ざるというのも何ですから。』

草野球だけで十分満足なさったものか、
では私たちはこれでと、誘うまでもなくそのまま帰ってしまわれて。
隣町の一家の皆は、
紹介してもらえると思ってたらしくて、
それはそれで やや意外な不平を鳴らす始末だったりし。

 『だってよ、あれだろ?
  竜二の兄ィが すっかりかっぷくしてるお人らなんだろ?』
 『割腹?』
 『それも言うなら感服だ、トシ。』

 どっかの名のある組の二代目らしいのに、
 それを鼻に掛けない気さくなお人で、
 そんでも やるときゃ
 血まみれんなるよな修羅場へも しれっと突っ込むってぇ
 肝の座ったイエスの兄ィと。

 ほぼ毎日どっかの組のヒットマンに狙われてっけど、
 それを鮮やかに躱しのくぐり抜けのしながら、
 兄弟の杯 交わしたイエスの兄ィの世話をしてる
 仏のブッダの兄ィだと。

誰がそんな風に触れ回ったものか、
それとも 単なる“伝言ゲームの恐ろしさ”というやつか。(もしもし?)
ご本人たちが聞いたなら
“責任者出て来い”と言いたくなりそな様相になってるらしい
こんな“とんでもプロフィール”が
こちらの皆さんの間では実しやかに定着しておいでであるらしく。

  ……と、いうことは

まさかまさか“あれ”も、
途中まで一緒に駆け回った竜二さんのところの舎弟の皆様には、
妙な格好で広まってたり、して…?



     ◇◇


軒の下には、音がうるさいからとの故意にか、
短冊が行方不明の風鈴が下がっている、広いめの窓があって。
時折そこからそよぎ込む風のおかげで、それで何とか人心地つけるものの。
やや擦り切れた畳の間は、汗の匂いと酒の匂いが充満しかかってもいて、
子供らを集めて窓辺へ避難していた女性陣らが、
手持ち無沙汰の末だろう、そろそろ先に帰ろうか、
それともアタシらだけファミレスにでも河岸(かし)を変えるかい?なんて
話をまとめかかっているのに重なって、

 「ほら、正月のマラソンの時だってよ。」

 「そうそう。
  どっかのヒットマンからの照準を逸らそうと
  そりゃあ勇ましくも孤軍奮闘したイエスの兄貴だったし。」

 「表向きは下着泥棒を捕まえた騒ぎって処理ンなってるが。」

いやいや、それが真っ当な真実なんですってば。(苦笑)
やっぱりというか、困ったことにというか、
イエスがラクロスのスティックを振るって奮闘したあの一件も、
そんな尾鰭がついた格好で、伝説化して広まっていたらしく。
どうやら自分たちとご同業らしいその上、
竜二の兄貴が一歩引いて接している格の人と来ては。
何をやらかしても“どれほど勇敢であることか”という、
鮮やかな武勇伝に変換されてしまうこと已無しならしく。

 「ふぇ〜、そんな凄い筋の人なんか。」
 「見た目はなんか、頼りない優男なのになぁ。」

 「シッ、そんな滅相もないこと言うもんじゃありやせんぜ?」

この場合、一体誰の耳へ入ったらヤバイという配慮だか、
もっともらしく口の前へ指を立て立て、
他所の兄弟分へもそんな刷り込みを広めていたりするあたり。
無邪気な女子高生たちが
イエスには謎の恋人がいるらしい…と噂してるのどころじゃあない。
もっととんでもないところで えらいことになってたらしい
お二人だったようでございまして。
馴染みの居酒屋の二階の座敷、
まだ明るい内とあって、貸し切り同然の雑然とした席ではあれ、

 「おいごら。
  此処にいなさらねぇのに、
  勝手なことばっか言ってんじゃねぇよ。」

それが真実か否かじゃあなくて、
礼儀という次元の問題として失礼だろうがと、
舎弟らへ窘めの叱咤を飛ばした竜二の兄貴だったものの。
ひゃあっと首をすくめて恐れ入った面々の向こうから、

 「それなんですがね、兄ィ。」

達也といって、隣町の束ね格、若頭になろう男が、
彼らのやり取りへ不意に口を挟んで来た。
竜二より半月ほど年若だってだけで“ですます”を貫く律義な男。
それが、手にしていたグラスを置くと、んんんっと咳払いをし、
やや身を傾けて耳打ちの構えをする。
周囲も心得たもので、
それを見るや やや離れて聞かないようにとそっぽを向く中。
何だ何の話だよ勿体つけやがってと、
それでも一応は、こちらからも耳を傾けんと身を寄せかければ、

 「その イエスの兄ィとブッダの兄ィを、
  こそこそと探してる奴がいるようなんでさ。」

 「………っ?」

んん?と、此処で初めて、
何だそりゃという顔ながら、関心を示した竜二だったのへ、

 「名前はね、まだ向こうにも判ってねぇらしいんで名指しじゃあない。
  ですが、年格好とか風体とか、
  何よりも 外人らしいという特徴を必ずつけて回って、
  さりげなく聞き込んでる奴らがいるようでしてね。」

都内に限らずのこと、例えば関連会社の工場があるからと、
特定の国の移住者や二世がたんと住まわっている町もあるとは聞くけれど。
まだまだこの辺りでは、外国人は珍しいと眸を引く存在であり。
もう数年ほど住み続けていることもあり、
その人と成りもすっかりと信頼されてのこと、
彼らに限っては周囲も馴染み切っているものの。
それという特徴を出されれば、
すぐにも“ああ、あの松田ハイツの…”と
絞り込めるよな目立ちようなのは言うまでもなくて。

 「……。」

自分たちと親しいお人を、一体誰が何でまたと、
竜二としても、そこはさすがに気になりもする。
ブッダを日夜狙っているという狙撃手…だったら、
今更わざわざ人へ居所を訊いたりもするまいに。

 「何でもない野郎の人探しってんなら、
  俺らだって こんなこそこそご注進なんざしねぇ。
  何なら昼間のうちに、そういえばってご当人へ話してまさぁ。」

灰皿に置いたままの紙巻きが、
灰が伸びてのバランスを危うくし、斜めになっていたけれど。
それどころじゃないと眉を顰めた竜二の兄ィ、
黙っていることで先を促し、耳を傾け続けておれば、

 「問題なのは、その探してる側の顔触れで。」
 「おう。まさか、マッポだってんじゃあ…。」

もしかして自分たちの知らない大きなヤマに、
手をつかねておいでのお二人で。
なかなか捗らない、取り引きだかシマの拡張だかにて、
警察が出て来るような不味い展開になりつつあるのだろうかと、
彼らの世界なりの事情、先回りして案じかかったが、

 「いんや、そういう手合いじゃなくて。」

かぶりを振って、自分もたばこを点けた隣町の若頭、
意味深な深呼吸のように最初の紫煙をゆっくり吐くと、
ややためらってから口にしたのが、

 「どうも六葩会系の一家の手先らしいんスよ。」
 「……っ!」

極道の人間でなくとも、その筋のと広く知られた組織の名。
某広域指定を受けている一家ほど、全国にまでとの勢力は持たぬが、
この数年ほどにおけるその筋の拮抗図の変化が はなはだしい中、
今現在の関東一円は事実上その組織下にあるも同然という、
それは有名筋の組織の名前ではあるまいか。
特に ここいら周縁は、
そちらの組織の勢力圏内にあったものの、
直接のシマにしていた末端支部が
ほんの最近、
覚醒剤だか密輸品だかの売買関係で幹部をごっそりパクられて以降、
微妙な空隙地帯と化しており。

 「そん隙を衝いて よその誰ぞが一党率いてまかりこせば、
  呼び込みのチンピラ風情でも追い払い、
  騒ぎィ起こせば完膚無きまで叩いて潰す。
  せやのに、自分とこの誰かを送り込んでまでは来ん。」

 「ああ。」

そもそも 此処に集っている彼らは、
実のところ、どこかの組織の末端ではなく、
どちらかと言えば“地付き”のやんちゃ筋だったにすぎない顔触れであり。
よって、莫大な上納金を集めるためにと
闇雲に非道を重ねるという極端な悪さに手を染めてる訳でもなくて。
せいぜい、周辺の本物乱暴な筋からの威嚇へ、
それへ負けじという威嚇を返していたのが始まりのようなもの。
一応、今 話題に上がった大きな組織が
“自分らのシマだ”と地理的に囲い込んではいたけれど、
あまりに小さなコミュニティだったので、
さほど無理無体を持ちかけて締め付けられることもないままに、
ある意味、伸び伸びとしていたものが。
意外な格好で欠員を生むという失墜に運び、
それを見た相手方が、すわ好機と見て侵攻して来るものか、
いやいやその前に、
大元の組が補充にと次の頭を送り込んで来るんじゃねぇだろかと。
大御所同士のそんな駆け引きと、
しいてはそれによる抗争への恐れとを、
間近に起こるやも知れぬ危機として
警戒していたこの数年だったとも言えて。

 「六葩会系としては
  こんな小っさい住宅街、取るに足らんと
  視野にも入ってないだけの話。
  ただ、前からのシマだけに、
  他所もんが好き勝手しよんわ面白うない。
  そいで、護りだけはしっかり務めてくれとんやろと、
  ウチの親父は楽観しとります。」

 「…。」

達也という若頭が、代理としてか さりげなく告げた言いようへ、
竜二も目顔で“むう”と頷く。
こちらの組長も似たような見解でいるらしく、
駅周辺はそれなりににぎやかではあるが、
奪い合いをされるほど金づるがあるよな土地でなし。
最近は一般へも葉っぱやクスリが流れていての
結構な収入源になっていると聞くが、

 「そも、それでしくじったばかりの土地、
  マッポの目もまだまだ光ってるところへ
  そんな基地をまたすぐ設ける無茶、
  六葩の方じゃあ やらかしますまい。」

そう。
微妙ではあるものの、
今すぐどうこうとなりそうなバランスでもない。
そういう曖昧な空気の中だというに、

  そんな筋の人間が、他でもないあの二人を探っている?

あんな、一見“のほほん”と平和そうな素振りの人たちでも、
見る者が見れば瞬時にして出来ると察しがついてしまうものなのか。

 「竜二の兄ィが懇意になさっとる聞いてましたんで、
  一応お耳へ入れとかな、思うとりましてな。」

成程、地元が舞台で、しかも知己でもある人への危うい噂だ。
何も知りませんでしたでは、面目が立たない話でもあり、
まだ隣町どまりな情報、いち早く届けてくれたのは冗談抜きにありがたい。

 「おお、すまねぇな。恩に着るぜ。」

真摯な眼差し真っ直ぐ向けて、
兄弟分の義理堅さへ、それは真剣に礼を述べた
仁義の世界に生きる おあ兄さんだったのでありました。






そして、そんな真面目なお話へ取り上げられていた、
肝心な当事者、最聖のお二人はといや、

 「1日1個って決まってると悩むよねぇ。」

アパートまでの通り道、商店街のコンビニにて、
今日のアイスをどれにしよっかと
売り場のドア前で大きに迷っておいでのイエス様。
いいお日和の日向で過ごして体が火照っているから、
今すぐ冷たいものを食べたいのは山々なれど。
晩になって銭湯に行ったその後も
今日みたいな日はきっと長々と暑いに決まっているし。

 “こないだは、ブッダがピノを分けてくれたんだけど。”

いつもいつもそれでは情けないしなぁと、
そんな事情も脳裏を掠めてのこと。
今 買うべきか我慢して銭湯帰りに回すかと、
実はそこを“どっちにするか”と決めかねておいでなのであり。

 “ビールにするかサワーにするかを迷っているならともかく。”

相変わらず ほのぼのしてるよねぇと、
すっかりと顔なじみのバイトのお兄さんが、
レジから やんわりと苦笑を向けてくる中、

 「じゃあ、お風呂上がりにも食べられるように、
  分けて取っておけるのにしたら?」

 「お、それはナイスな意見だね、ブッダvv」

ああでも、ピノだと残しておく自信がないなぁ、
やっぱパピコかなぁと、まだちょっと決断にはかかりそうな雰囲気で。


  ご当人たちは何か平和ですがね、相変わらず。(う〜ん)





       お題 4 『アイスは1日1個でしょ?』





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  *七夕を前にして、きな臭い匂いが漂って来ましたね。
   でもでも、そもそもこのお二人、
   全くの全然、そっちの筋の人じゃあないんですけどもねぇ。
   一体何がどうこじれているやらで。
   続きは もちっとお待ちを…vv

  *あ、このお部屋、明日で1周年だvv
   早いなぁ…。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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